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元サッカー日本代表 沢登正朗 ~後編~
サッカー元日本代表の沢登正朗さんを迎えて、トレーニングについて語ってもらうスペシャルインタビューの後編です。
前編は高校時代から大学時代までのトレーニングを振り返って「走ることが今のサッカーでは大切。その基礎を作ってくれたのが高校・大学時代でした」と語ってくれた沢登さん。後半はプロサッカー選手になってからの14年間のトレーニングについて、引退後の今、そしてこれからについて伺いました。
-93年にJリーグが開幕してからのプロ生活はどんな生活リズムだったんですか?
試合の翌日が休みで、休み明けが必ずフィジカルでした。Jが始まった当初の清水はレオン監督で、彼についているフィジカルコーチはとにかく走らせる人。でも、つらいと思うことはありましたが、高校時代からのベースがあったのでついていける体力もありました。当然、脱落する選手もたくさんいましたよ。心肺機能の高い選手は走れるし、そうでない選手はフィジカルが弱い。それは中学・高校とどれだけ走っていたかで、決まってしまいますね。

- プロ生活の思い出を語る
フィジカルというのは、どうしても楽な方楽な方にいってしまうんです。でも、それ以前に自分に厳しくできるかどうか。これがプロ選手だと思うんです。それで生活してるんですから。良いパフォーマンスを出すためには、フィジカルがきちっとしてないとダメなんです。当然、そのころから自分ではそういうことは理解していたので、苦しいことを率先してやろうと思ってました。
──当然、監督によって練習メニューは違いますか?
持久系をすごいやる人もいれば、全くフィジカルをやらない人もいれば、中距離系(400m、600mなど)をメーンでやる人もいました。シャトルラン系をたくさんやる人もいましたね。各コーチによってやり方は全然違っていました。
僕は持久系が好きなので、多くやったコーチは自分に合っていたと思います。レオン監督は、好きな監督でした。苦手なのは中距離系です。足の速い選手が有利で、僕は瞬発系のスピードはあまりない方なので。
──監督やコーチが変わったことによって「生き返った」という選手もいると思うのですが?
それもありますね。例えば、アルディレス監督はシーズン中はまったくフィジカルをやらない人だったんです。やるなら各自でやるという感じ。ただ、練習はゲーム形式で1時間以上ぶっ通しでやることで体力をつけさせるようなトレーニングをしてました。当時の自分は、それまでに走り込んでるベースがあるから、練習にもついていけた。そこでベースがない人はダメになっちゃうこともあるし、たとえダメになった後でも、新たにフィジカルコーチがしっかりついて循環器系を鍛えて直して復活する、という選手もいましたね。

- Jリーグ通算300試合出場をはたし花束をもらう沢登(02年07月27日)
──監督と言えば、現役を引退される最後の年は、長年清水で一緒にプレーした長谷川健太氏が監督に就任しました。沢登さん自身の今後の目標は?
今は指導者としての第一歩を踏み出したところです。清水のスクールで小学生にサッカーを教えたりしています。1、2年生にはとにかく楽しむことを第一に、学年が上がってきたら技術的なことを教えるという感じでやっています。まずは、楽しむこと、それから基礎体力を付けることを大切にしています。そういった経験をしっかり積んで、最終的には、Jリーグのクラブで指揮を執るのが目標です。
──現在、スクールで子供たちにサッカーを教えているということですが、そのときは一緒に体を動かしたりしていますか?
教えながらゲームをやると子供たちが喜ぶので、ゲームをやりながら動いています。トータルで3時間くらいの練習なんですが、その間は休むことはないですね。休憩時間はサインしてあげるので、休む間もなく休憩時間が終わっちゃう。でも、時間があるときにはそこでしっかり水分補給したり、体を休めたりしています。
──水分補給の話が出ましたが、清水時代は練習や試合の時、水分補給はどのようにしていたのですか?
試合の中で水分を取るのは、プレーが止まったときだけなので、そのときはどんどん水分補給するようにしていました。エネルギー補給の意味もありました。補給しないと、すぐにバテてしまいますから。
先ほどもお話したとおり、高校時代は水分を取ってはいけない、でしたが、Jが始まったころにはもう「どんどん水分を取りなさい」という方向に変わってきました。清水では、ピッチに普通にボトルが置いてあるので、自分のタイミングで飲んでました。あとは、練習後のミーティングの時に「先にまず飲んでこい」と言われ、そこで水分をしっかり取る、という感じでした。

- Jリーグ創設から13年連続ゴールを決めた沢登(05年03月05日、清水対広島戦にて)
今は、朝のトレーニングの後に自分の体が欲している分だけ、水を飲みます。あまり急激にたくさん飲むと、体が冷えてしまって逆効果なので、そのあたりも気を付けてます。
──現役時代とあまり変わらない、スリムな体型を維持しているのは、毎朝のトレーニングと子供たちとの練習の成果なんですね。
そうですね。走ることや腹筋をして体を動かさないと体型も変わってきてしまいますし、体も重くなってしまう。引退試合があるかもしれないので、そのときに動けないなんてことがないように、日頃からきちっとトレーニングして、体型と体力の維持をしています。
──では、最後にプロサッカー選手を目指している人に、また引き締まった体を目指して日々運動を続けている人たちへのアドバイス、メッセージなどあればお願いします。
トレーニングは楽しむことがポイントです。無理をしながらやっていると、いつかケガしてしまう。自分のやれる範囲のことをまずはきちっとやることが大切です。その上で、長続きさせるには楽しんでやれればいいんです。
学生時代からのハードなトレーニングの積み重ねがあったからこそ、長い間プロとして第一線で活躍できたと語る沢登さん。さらに、現役時代と変わらないスタイルを保つコツも話してくださいました。 私たちにも「自分にとって無理のないトレーニングを楽しむこと」というアドバイスをいただきました。楽しくトレーニングして、スッキリと引き締まった体を目指していきたいですね。
1970年(昭和45年)1月12日、静岡県富士宮市生まれ。上野小1年でサッカーを始める。東海大一(現・東海大翔洋)に進み全国高校選手権では86年優勝、87年準優勝。東海大では1年からレギュラー。87年にユース代表入りし、88年のアジア選手権と92年バルセロナ五輪予選で主将を務める。92年に清水入団。Jリーグ開幕の93年新人王、99年ベストイレブン。日本代表入りは93年で、94年の米国W杯予選と広島アジア大会、00年アジア杯に出場した。国際Aマッチ16試合出場3得点。

